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今日から俺は、自由!

余裕時間

備忘録として

 

 

やめた想い

3月末の金曜日、勤務時間が過ぎた。

この瞬間から自由だ。

これまでも、何度も思い描いてきたし、習慣化してきた。

だから、感情的には大して変わらない。

まあ、ほんの少し寂しさや不安はあるけれど。

今日は仕事も、ほぼ終わっていたので、午前中で切り上げて帰ってきた。

これまでの自分だったら、クソ真面目に最後の時間まで過ごし、寂しい、これで良かったのか?とか、感傷的になっていた。

この年になったのか、待ち遠しかったのか、そんな感情はあまりない。

40代のこの年になって、仕事をせずに過ごしていくなんて、これまでの自分では考えずらい。

親からそういう教育を受けてきたから。

もちろん、親は今でも同じ考えだ。

仕事をしないことを、親へは伝えたが、物事を決めて行動した後だったので、親ももうどうしようもない。

それも分かっていたし、親がどうのこうのよりも、自分が行動しなければ自分自身が潰れると3年前から積もり積もってきた後の行動だから、親は関係ない。

まあ、親が反対なら、申し訳ないと思う。

そんな感じの、仕事を終えた後の感覚だ。

 

 

やめた帰り道

毎日通勤してきた道。

いろんな思いで行き帰りをしてきた道、毎日の道。

この道を引き返したり、もう戻らない事ができれば、どんなに楽なんだろうと何度も思ってもきた。

この感情は、大学卒業したばかりに、仕事を始め、上手くいかない仕事だった20代のあの時の感覚に似ている。

しかし、今はあの時よりは、慣れている。歳をとっているから、ベテランだから、苦しさは少ない。

しかし、抱えている問題の闇は深い。だから、同じではないが、心が重症であることは間違いない。

だから、仕事をやめた。これには後悔はない。

自分の人生を進めるためには、必要な事だから。

今回を逃がすと、もう後悔しかない、この3年間を後悔しているからこそ、取り戻したい気持ちだ。

気持ちに整理をするためにやった行動だ。

 

 

これから

やりたい事はいっぱいある。

次の仕事へのステップにしたい。

仕事をやめる前から、少しだが進めてきた事は、いくつかある。

ぜんぜんまだまだだけど、激務の中やってきた。本業の合間を見てやってきた。

周りにはいろいろ迷惑はかけたことはあったが、自分を保つのに、精一杯だった。

たくさんの事情で、周りに迷惑をかけ申し訳はないと本当に思っているが、今の自分が生きていくには精一杯なのだから、本当にしょうがない。

次に会う時に、自分が少しまともになっていてたら、ぜひ恩返しをしたいと思っている。

だから、これからの時間を大切にしたい。

自分を見つめて、節制などもして生活していきたい。

まあ、そうしていかなければ、いけない状況だ。やるしかないと言ったところだ。

とにかくお金はない。

お金が足りないことは、もちろん知っていたが、それよりも自分を保っていくのが優先事項だからだ。

今は、そういう状態なのだ。

この時期を逃がせば、後悔もするし、ただ惰性で生きることが嫌で、お先真っ暗で、怖くてしょうがないからだ。

 

今回ハチャメチャで、キチガイ的で、盆暗の行動だが、自分ではこれが正しいと思っている。本当に後悔はない。

失敗したとしても、行動できた自分を褒めたいくらいだ。

 

第一目標は、親孝行を少しでもしたい。

第二目標は、自分の生活を安定させるビジネス、商品を作ったり、考えたりすることだ。

第三目標は、自分の健康づくりだ。

順番は多少おかしいこともあると思うが、今の記録した順番は、この瞬間に頭に思いついた順番だ。

 

これから、自分時間、孤独の時間を持つ事になる。

大変ありがたいことだ。自分にとっては、これまで決してできなかった。簡単にできる事ではなかった。でも自分でつくりだした時間だ。

しっかり、自分に向き合いたい。

何かを成し遂げないといけないし、やり遂げないといけない、この時間に何かをつくり上げないといけない。

親孝行に関しては、ずっと、これまで、長い時間、幼き頃から、親から離れて、一緒に過ごす時間が少なかった。

今だからこそ、もう戻らない時間だからこそ、しなければならない。

一緒にいたい。大切にしたい。私と両親との時間。高校からずっと、仕送りばかりしてもらってきた。

お金で今苦しんでいる自分は、親のお金のやりくりの凄さに頭が上がらない。ぜったいできない。

でもそれをしてきた両親。凄い。

恩返しをしたい。これまで、それを考えてばかりいたが、たくさんの失敗して、もっともっと更に親を苦しめ、苦労をかけた。

本当に私は、盆暗(ボンクラ)だ。

気持ちに正直になると、親どうのこうのと言ってはいるが、これはカッコつけなのかも、と自問自答する。苦しい自分にとって、まずは自分を保つことだとも思う。まだまだだな、わがままだな、自分が一番という考えは。

自分のためが一番、親の為が二番、なのか、、、。

どれも、やってのけたいと思っている。

具体的な計画はないが、概要はある。

その程度ではあるが、とにかくやっていく。

 

今日は朝から、親から、電話があり、「これからどうするの?」と聞かれたので、「親の手伝いをしたい」と言った。

「自分らのことはいいから」、と言うかと思ったが、もう仕事をやめている事を知っているのでなのか、私の気持ちを理解してくれているのか、親も歳で助けて欲しいのか、わからないが、もう肯定的で、「これ(〇〇)をして欲しい」、という言葉だった。

有難かった。

そんな感じの、仕事がない生活の始まりの瞬間の一日だった。

 

 

(番外編)

最後の仕事が成功し、上司に報告の電話をしたが、失敗すると思っていた上司は、「なぜ成功したのか」と私に聞いた。

「ギリギリ枠の、数合わせではないか」と、答えた。

「良かったな」、と言ってはくれたが、相手は飲み屋のようで(なのかどうかは分からないが)、トイレの中にいるような電話の声だった。

上司の言葉は、普段からの会話で珍しい事ではなくて、そんなもんだったが、やっぱり残念だった。

今後の為になぜ成功したのか、と聞くのが先で、相手への労いの言葉はなかったのが、やっぱり残念だった(多分、気心知れているから、、、とかも思っているのかもしれないが、、、)。

私も普段、こんななのかな?と「人のふり見て我が振りなおせ」、の気持ちにしかならなかった。

節制をする予定だったが、意思が弱いのか、仕事の成功を一人で祝いたいのもあり、これからの行く末の勢いをつける気持ちもあり、スーパーで明日からのご飯やつまみを半額セールのものを少し多めに買い、家で家飲みをしている。

 

はやく、勤め人根性や、自分の甘さから脱却しよう!

 

 

(自分自身の備忘録として)

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